人の自己実現と働きがい向上をサポート。如是我聞 人材の総合コンサルティング&プロデュースを手掛ける、ザ・アール代表取締役奥谷禮子の連載コラムです。

国家の品格 下らない国会質問

2006/04/01

●WBC決勝戦
 野球にまったく関心のないこの私が今度のWBCには熱を入れた。とくに審判のミスジャッジがあってから、ヒートアップ。決勝戦であわや追いつかれそうになったときは、天を仰ぐ気持ちだった。
 意外にも個人主義のイチローがチームを引っ張ったとか、ナショナリストに変貌したとか評判である。そろそろ日本に帰る用意だと皮肉いっぱいの人もいる。
 韓国チームに対する挑発的な発言に眉をひそめる人もいる。私は野球も戦いのゲーム、格闘技なんだから、きれいごとを言っているだけでは勝てない、まして短期決戦、集中力の高いほうが勝つ、と思う。イチローはみずから発奮材料を提供したわけで、闘士、いや日本の古武士の面構えにさえ見えた。
 
●霞ヶ関ホームレス
 都内にある公務員宿舎を問題視する政治家がいる。しかし、そこに住む官僚からすれば、何を寝ぼけたことを、ということになる。
 彼らからすれば、政治家の下らない国会質問のために夜ごと、準備に追われているわけで、終電も終わり、もしタクシーまで遠隔地まで帰っていたら、それこそ国民に指弾されることになる。
 数年前、朝早くにある省庁に出かけたところ、洋服で床で寝ている人を見かけた。まさか霞ヶ関ホームレスがと思ったら、若い官僚が徹夜になり泊まったのだという。
 政治家には政策秘書がいるのだから、それを有効利用すべきで、官僚には自前の家を持たせるべきである。
 
●ギャルの行為
 先日、テレビで「品格とは何ぞや」という討論をやっていた。藤原正彦著『国家の品格』が売れていることに便乗した企画である。
 なかで茶髪の弁護士がこんなことを言っていた。電車で床に座り込んでいるギャルが、ほかの苛められている女の子を助けたのは、品格ある行為である、と。
 品格はその人の全体を言う言葉で、たとえ善行を行っても、電車の床に座っているかぎり、品格があるとは言えない。しかも、常に首尾一貫してモラルが高くないと、品格は備わってこない。付け焼き刃でどうにかなるようなら、それは品格ではない。
 藤原氏が著書に挙げる品格ある日本の例は、ことごとく昔のものばかり。それを取り戻すには、正しい日本語が必要だ、というのが氏の主張である。
 少なくとも、損な役回りの人が正当に評価されない社会に、品格があるとは言えないだろう。
 
●過去にもいたタイプ
 前項と絡むが、明らかにホリエモンには品格がなかった。事業欲はあったのだろうが、新しい経営者という雰囲気は微塵も感じなかった。
 彼が閉塞の時代に風穴を開けた式の言い方をする人がいるが、バカも休み休み言うべきである。「金で買えないものはない」式の目立ち発言でパフォーマンスする人間に、時代を変えるパワーがあったとは思えない。
 小泉内閣の規制緩和政策の申し子だという意見もあるが、広く深く行き渡っていた"結果不平等"に、誰しも異論、違和感があったはず。それが規制緩和のそもそもの出発点だったことをみんなが忘れている。
 金がすべてだという経営者は過去に何人もいたし、これからもまた出てくるだろう。ホリエモンもその1人に過ぎなかったのである。
 
●驚きのリサイクルショップ
 環境問題でリサイクルビジネスが盛んだが、驚いたのはリサイクルショップの充実度である。全自動洗濯機と上下に冷凍庫付きの冷蔵庫の2つで3万円で買える。タオルは1グラムいくら、という値付けである。家庭用品なら何でも手に入る。
 買っていらなくなったら、また半値でも買い取ってもらえばいいわけで、実に便利なものである。
 品物も新品で、倒産品とかが売られている。若い人や単身赴任者にはとても便利だろう。
 
● 突然の花見
 ある日、桜の花がはらはらと舞ってくるので、ああお隣の桜ね、と思って下を見ると、うちの庭に満開の桜が咲いていた。その枝ぶりのいいこと。
 去年はどうだったのか。その前は?突然の贈り物に呆然としながら、ただ見とれるばかり。


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