人の自己実現と働きがい向上をサポート。如是我聞 人材の総合コンサルティング&プロデュースを手掛ける、ザ・アール代表取締役奥谷禮子の連載コラムです。

Ignorance and Arrogance 無知と傲慢

2004/05/01

●親の責任は?
 六本木ヒルズの森ビルで回転ドアに挟まって子どもが死んだ。運営側と設置業者側で食い違いがあって、責任の所在がはっきりしない。
 お葬式に弔問に訪れた森ビルの人を邪険に扱うシーンも放送された。遺族の気持ちは分からないでもないが、さて親の責任は皆無なのか。
 子どもが大事なら、まず自分の不注意を悔やむのが普通ではないか。小さい子にすれば町にあるものはどれも凶器で、回転ドアも例に漏れない。
 こんなことを書くと不謹慎と指弾されかねないが、昔なら「何、ボヤボヤしてたんだ」と親の方が叱られたのではないだろうか。それが小さい子をもつ親の責任というものであった。
 
●イラクの人質
 大騒ぎの末、イラクの邦人人質3名は解放されたが、先の回転ドア問題と同じ臭いを嗅いだ。
 親や親族が、不注意な息子や娘のことを申し訳ないと謝るなら話は分かるが、あろうことか「自衛隊を引き揚げよ」と涙ながらに政府に訴えるというのは解せない。
 もちろん政府には民間人を救助する義務があるし、民間人が頼れるのは政府しかない。しかし、そこには自ずと矩を超えずということがあるはずである。自衛隊派遣が政策的な間違いであったような発言は論外である。
 輪をかけて悪いのはマスコミで、どこも親や親族の尻尾に乗るだけで、彼らの軽はずみを批判することがない。情けないとしか言いようがない。
 
●懐かしドラマのリメイク
 テレビは「白い巨塔」に「砂の器」とレトロなドラマの焼き直しが人気を博した。「白い巨塔」は田宮二郎の印象が強烈で、彼の場合、自殺して複雑な感情をもった人だと分かり、振り返るかたちで演技に感心したことがあった。
 医療事故が多発する現状を見れば「白い巨塔」のリメイクは分からないでもないが、もう一方の「砂の器」はなぜ今なのか。無理に言えば、勝ち組と見えても、その内情は一筋縄ではない、ということか。敗者が溜飲を下げるネタ提供というわけである。
 さて、次のリメイクは何か。「奥様は魔女」はコケた。いっそのこと「怪傑ハリマオ」ぐらい景気のいい話にしてはどうか。
 
●言論の自由とプライバシー
 週刊文春の出版差し止めは驚いた。地裁のなかに雑誌嫌いがあるらしく、かねてからの狙いだったとも言う。高裁がまともな判断を出して救われた思いである。
 マスコミがプライバシー絡みの記事を取り上げるには、慎重な態度が必要だというのはよく分かる。私もかつて廃刊になった「朝日ジャーナル」(当時、下村満子編集長)にあらぬことを書かれたり、今後"休刊"になる「噂の真相」にも根拠のないことを書かれたことがある。前者は法的な手段をとったが、弁護士はマスコミ相手では埒が明かないと、かなり弱腰になっていた。悔しい思いは今でも残っている。
 それでもやはり言論の自由というのは守られるべきだと私は思う。ただでさえ大政翼賛会的な、ほかが書くからうちも書く式の報道の多い国で、規制がかかると一気に意気阻喪してしまう危険性がある。
 書く自由を持ちながら、あえて書かない倫理観とせめぎ合いながら、雑誌は作られていく。書かれる私人はたまらないが、そこは裁判で問いつめていくしかないのではないか。プライバシー権がある程度、認められ、マスコミと個人の緊張関係ができてきたことは多としなくてはいけない。
 
●棚ボタ規制改革の限界
 先日、タクシーに乗ったら、よもやま話になり、その流れでリストラのことになった。競争が厳しく、給料は抑えられ、人員削減も行われた、という。おかげでせっかく下げた初乗り料金が元に戻ったという。
 上からの規制改革にはやはり限界がある。誰かがリスクを覚悟で成功すれば、ごそっと追従者が出る国である。つまりビジネスモデルが圧倒的に足りないのである。


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