人の自己実現と働きがい向上をサポート。如是我聞 人材の総合コンサルティング&プロデュースを手掛ける、ザ・アール代表取締役奥谷禮子の連載コラムです。

パリで買ったドレス 終わりなき日常

2003/09/01

●出版パーティ
 7月14日に『如是我聞』出版記念パーティを開いた。5時半時間厳守で、超多忙な方々が多数、お祝いにいらしてくださった。当日のドレスはパリで買ってきたちょっと大胆なもので、日頃から身体を鍛えておいて良かったと思った。これも私にとって1つのチャレンジである。手探りで「如是我聞」を続けてきて、それがもう10年以上である。自己満足と言われようと、1つのことを続けた意義があると思っている。ある人は「伝説のコラムはないだろ」とオビの言葉に注文をつけた。あれは出版社の煽り文句なので、私は関知していない。ある人には「エッセイでもない、ビジネス書でもない、評論集でもない。いわば新ジャンルで出版界に一石を投じた」と言われた。「書店ではどう扱っていいか分からないと思う」とのおまけも付けて。いろいろなお言葉をいただいたが、本の話よりドレスのことばかりで、著者としては痛し痒しである。それでも、再出発である。どこまで続くのか、自分でも楽しみである。
 
●調査中
 先の号で、麻生太郎氏の"妄言"について書いた。すると、麻生氏の発言は妥当なものだというお手紙をいただいた。私も知人の一人に尋ねたところ、日本軍のなかに朝鮮名の将校がいた、ハングル文字は日本が復活させた、との意見だった。自分でも調べてみるつもりである。ただ、麻生氏はやはり、確信があるなら韓国へ行って堂々と意見を言うべきである。その方が筋が通っている。
 
●ア・マチュアな世界
 渋谷の町に行けば、小学生だってお金を稼げる、というのは呆れた話だが、ありえる話である。タイへ月に一度は少女買春に行く熱心な中高年もいると聞く。それが渋谷で間に合うなら、と考えても不思議ではない。少女は少女で自分の価値に気づいている。それにしても、全体にマチュアな方向に行かない社会である。親だ教育だというより、何かもっと深い理由がありそうな気がする。
 
●政治問題
 自殺者が相変わらず多い。先日も朝、新宿で足止めを食った。自殺は手段なのか、目的なのか、と精神科医の春日武彦氏が書いている。保険金をあてにしたり、誰かに当てつけで死ぬ人は、前者であろう。あの世とか天国などを本気で信じて死ぬのが、後者だと言う。富士山の麓の樹海で死ぬ人は、たいてい道路っ端の木で死ぬそうである。すぐに見つけてほしいらしい。車両飛び込みも迷惑な話だが、人前でやることに意義があるのかもしれない。それにしても昔は自殺の名所は決まっていた。1961年から74年までの13年間で、ベトナムにおけるアメリカ兵の戦死者が5万6555人、日本の自殺者の2年分に満たない。これはすでに社会問題というより政治問題である。
 
●戦場の方が楽
 全国の保健所、精神保健福祉センターに昨年1年間で1万4069件のひきこもり相談があったという。ひきこもりの平均年齢は26.7歳、30歳以上が3割を超えたという。性別は男性が76.4%と圧倒的である。小・中学校での不登校経験者は33.5%。ひきこもりの総数は100万人を超えるという説もある。香川大学教育学部教授小柳晴生氏は、まだ社会が「欠乏を生きる知恵」から「豊かさを生きる知恵」に転換していないことが問題だと指摘している(『ひきこもる小さな哲学者たちへ』)。自分の老年まではっきり見通せるような豊かな社会に生きて、若者たちは息が詰まりそうだ。ある深夜のテレビ番組にアフガンなどへ傭兵として渡った日本人男性が登場し、「若者よ、自分らしく生きてください」とメッセージを送っていたが、若者にとって戦場に出るより、この「終わりなき日常」を生きるほうが、辛いかもしれないと思ったものである。


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