3悪人 高齢者は我がまま
2003/01/01
●内部に改革者がいない
道路関係4公団の民営化推進委員会の論議を見ていて思ったのは、公団内部に変革者がいないことの不幸である。国鉄の場合、3悪人と呼ばれる強者がいて、やっと改革が成し遂げられた。道路公団の場合、当事者がいないかたちで論議が進んでしまっている。そのことに誰も異を唱えないことが不思議である。道路公団というのは、そういう意志のない存在として扱っても構わないということなのか。しかし、組織である以上、誰かが意志を注入しているはずだ。それは、一体誰なのか。いるなら、その人間が表に出て来るべきである。
●国民が先へ
よく不良債権処理では韓国のドラスティックなやり方が例に挙げられ、日本もそれに倣うべきだという論がある。私も基本的に賛成だが、韓国と日本では事情が違うという。アメリカがITバブルに差し掛かり、韓国はその恩恵を受けることができたというのである。それにインフレだったことも企業部門に痛手が少なかった、という。米でも英でも、経済復興には20年、30年かかるのが普通で、10年ぐらいの足踏みで何を騒ぐという意見もある。まして、日本の不況はどこの国も経験したことのないもので、世界がその処理法に注目している難しいものだと言う人もある。専門家で百家争鳴しているのだから、我々に正解が分かるわけがない。ただ、国民は潔い。自分の銀行がだめになったときはどうしよう、会社がだめになったらどうしようと、ガラガラポンを織り込んで生き始めている。これが草の根の強さというものではないだろうか。
●我がままな社会
高齢者を従順で大人しい存在と思うと大間違いで、たいていは我がままである。経済的に余裕のある人は、余計に我がままである。男は会社でも家でも勝手に生きてきたぶん、さらに我がままである。高齢化社会では、この高齢者の専横に耐えられず、いろいろなフリクションが起きそうである。たとえば世代間の所得移転など許さない、という下の世代の感情論が噴き出してくる。
●花火論
テレビで上海サミットのオープニングを飾った花火ショーを演出した芸術家の話をやっていた。中国の花火は賑やかさが売り物だそうだ。さすが爆竹の国である。アメリカの花火はリズミカルな仕掛けだとか、スケールの大きさが特徴らしい。日本は"間"だそうだ。ぽーんと光って、次は闇である。その間がないと落ち着かないらしい。同じくプロ野球も相撲も、私にはまだるっこ過ぎる。"間"の長さが耐えられないのだ。構造改革を含めて日本全体にスピード感のないのも、まさに風土ということか。
●いまだに謎
ある人がいい仕事をしたいと言うので、それなら下品な人と付き合わないことねとアドバイスした。私も先輩から言われたことなので、他意はなかった。しかし、相手は突然、激昂し始めた。私にすれば!?である。
下品という意味をその人はどうとったのだろうか。いまだに謎である。
●旗幟鮮明
英のブレア首相はセーフティネットとはスタートラインに立つことだと言う。若者に仕事をさせながら失業手当を与えるなどの積極策をとり、それでぐんと失業率が下がったという。同じことを50歳以上にも応用した。それに比べて、日本は明確なビジョンが上から聞こえてこない。国民はそのことに苛立ちを覚え始めている。旗幟鮮明であることはお互いにとっていい。右へ行くか左へ行くか、論議ができるからである。
