人の自己実現と働きがい向上をサポート。如是我聞 人材の総合コンサルティング&プロデュースを手掛ける、ザ・アール代表取締役奥谷禮子の連載コラムです。

外形標準課税 どこが悪いの?

2000/03/01

●つづき
 前回、リストラ対象になった人が自分の愛犬に「人事部」の名を付けたことを書いたが、「そんなのは甘い」というリアクションがあった。「私なら社長の名だ」。
 
●当たり前
 監禁少女が見つかったのは朗報である。だけど今日は関東管区警察局長の監察日。麻雀や雪見で接待して心象を良くするのが自分の務め。これをやっておかないと、あちこちからちくちく言われてしまう。組織を守る、出世を確保する、それが鉄則である。また誘拐事件が発生したというのなら大変だが、見つかったんだからめでたしめでたし。記者連中は血相変えて追及するけど、なんで、どうして これが常識なのに。
 
●見事な演出
 石原慎太郎さんの外形標準課税は、こんな手もあるのかという虚を衝かれた感じだった。盛んにテレビに出て説明する姿勢も好感である。朝の番組で都の主税局長を連れてきたのがあった。田原総一郎さんは、局長の顔が真剣そのものだったと書いているが、私は「都庁にも人材がいたんだな」と思った。どっちにしろ、石原さんの術中にはまったのである。部下を衆目のなかに引き出す演出がにくい。おそらく鈴木さん、青島さん、自分の手柄にして局長の出番はなかっただろう。地方のなかには東京と反対に、外形税は絶対にやりません、というのを売り物にするところが出てくるかもしれない。赤字企業ばかり集まって税収は上がらないが、その代わり優秀な人材が来て、盛り場が流行り、商店街も活気づき、ついでに学校の教育レベルも上がる。こういう特色をそれぞれに打ち出すのが地方分権だろうと思う。
 
●自我と自我
 私は結婚後も一卵性母娘のくびきからなかなか抜け出せなかった。夫の替わりはいても母親の替わりはいない、とさえ考えていた。離婚で実家に戻るかどうか、そこが最大の分かれ目だった。もしあそこで白旗を上げていたら、きっと今の私はなかっただろう。たとえ親子でも自我と自我の闘いである。不思議なのは、いまの親子にはその緊張が見えないことである。パラサイトが増えるのもむべなるかな。
 
●自立する高齢者
 寝たきり老人は日本 万、米万人だそうだ。「寝たきり」は「寝かせきり」だという言い方がある。つまり棄老の部分がかなりあるということだ。英米の老人ホームでは自立が基本だという。イギリスでは自室から1時間かけて食堂にたどりつく老人に誰も手を貸さない。老人たちいわく、「我々が自立すれば若者の税負担も少なくなるでしょ」(山井和則著『世界の高齢者福祉』を参照した)。こういう気概って大事じゃないだろうか。国や家族を当てにするのもけっこうだが、違う価値観があってもいいのではないか。
 
●選択の幅
 若いうちは選択肢がいろいろあるように見える。仕事も、才能も、恋愛も。年ふるほどに、どんどん選択が利かなくなって定年を迎える。実はここで逆のベクトルが動きだす。子供は巣立ち、時間の自由ができ、肩書きや組織を気にせず、いろいろなことにチャレンジできる。ほうとうに第2の人生が始まる。定年や高齢を悪く考える癖が抜けないが、逆発想してみれば、そう悪くなさそうだ、ということに気づく。
 
●教育方針
 知り合いで自分の子供の教育方針が「社会のお役に立つことだ」という人がいる。「道路工夫は道路をつくる。立派なことじゃないか」。なかなか人はそこまで思い決めることができない。お受験に走ったり、塾に走らせたり。右往左往して疲れている親子がいかに多いことか。


このページのトップへ

Copyright(c)2008,The R Co.,Ltd.All Rights Reserved.